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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)12568号 判決

原告

土渕フミ

被告

君塚好

主文

一  被告君塚好は、原告に対し、一〇一八万九三二七円及びこれに対する昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、原告に対し、原告の被告君塚好に対する本判決が確定したときは、一〇一八万九三二七円及びこれに対する昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の、各負担とする。

五  この判決は、主文第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告君塚好(以下「被告君塚」という。)は、原告に対し、三三三四万七一五〇円及びこれに対する昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、原告の被告君塚に対する本判決が確定したときは、三三三四万七一五〇円及びこれに対する昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第一、二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一一月一九日午前八時一三分ころ

(二) 場所 栃木市大町三六番二一号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(栃五七ぬ七八七一号)

右運転者 被告君塚

(四) 被害車両 足踏式自転車

右運転者 原告

(五) 態様 本件交差点は、県道栃木・鹿沼線に沿つて直進する道路(以下「甲道路」という。)と、甲道路にほぼ直角に突き当たる道路(以下「乙道路」という。)とがT字型に交差する道路であるところ、甲道路を鹿沼街道方面から合戦場方面に時速約三五キロメートルで直進しようとした加害車両と、乙道路から進行してきた本件交差点を右折しようとした被害車両とが、本件交差点で衝突した。

(右事故を、以下「本件事故」という。)

2  責任

(一) 被告君塚は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者である。

したがつて、被告君塚は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社は、被告君塚との間で、加害車両を被保険自動車として、本件事故当日を保険期間内とし、対人賠償保険限度額を被害者一名につき一億円とする自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、かつ、被告君塚は無資力である。

したがつて、被告会社は、原告が被告君塚の保険金請求権を同被告に代位して請求するのに対し、原告の被告君塚に対する本判決の確定を条件として、右保険金限度額の範囲内で支払をなすべき義務がある。

3  原告の治療経過及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、左前額部ないし側頭部打撲、頸椎捻挫、左前胸部打撲、第四肋骨骨折、左大腿骨顆上粉砕骨折、腓骨頭骨折の傷害を負い、次のとおり入通院して治療を受け、その間、再三にわたる手術及び長期間のリハビリテーシヨンを受けた。なお、(1)の中野病院から(2)の自治医科大学附属病院(以下「自治医大病院」という。)への転院は、原告が、右中野病院における治療中、本件事故による傷害及び入院生活の心労のため、心因反応が生じて精神状態が不安定になつたために行われたものであり、また、自治医大病院整形外科における傷病名は、左膝関節靭帯及び半月板損傷、左大腿骨顆部骨折であつた。

(1) 昭和五五年一一月一九日(本件事故当日)から昭和五六年三月九日まで一一一日間、中野病院に入院。

(2) 同日から同年五月二九日まで八二日間、自治医大病院精神科及び整形外科に入院。

(3) 翌三〇日から同年一一月一日まで同病院整形外科に通院(通院期間五か月、実通院日数一〇三日)。

(4) 翌二日から同年一二月八日まで三七日間、同病院整形外科及び理学療法科に入院。

(5) 翌九日から昭和五七年九月三〇日まで同病院に通院(通院期間一〇か月、実通院日数七日)。

(6) 翌一〇月一日から同年一一月二日まで三三日間、同病院整形外科に入院。

(7) 翌三日から昭和五八年一月一八日まで同病院に通院(通院期間二・五か月、実通院日数三日)。

(二) しかしながら、原告の傷害は完治せず、昭和五八年一月一八日症状が固定し、自覚症状として、歩行障害、起立座位障害、左膝不安定症、左膝内反変形、左膝伸展及び屈曲障害、他覚症状として、左膝内反変形及び関節内異常骨形成の自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第八級第七号に該当する後遺障害が残つた。

4  損害

(一) 入院雑費 二六万二〇〇〇円

原告は、前記二六二日間の入院中、一日当たり一〇〇〇円の雑費を支出したから、その合計額は右金額となる。

(二) 近親者の付添費 一二万八〇〇〇円

原告は、前記の入院期間中、三二日間近親者の付添を受け、これに一日当たり四〇〇〇円、合計一二万八〇〇〇円を要した。

(三) 入通院交通費 一三万四八五〇円

原告は、前記入通院のための交通費として、入退院タクシー代一万一六一〇円、整形外科通院費(バス・国鉄)一万〇三四〇円、リハビリテーシヨン通院費(バス・国鉄)一一万二九〇〇〇円を支出した。

(四) 休業損害 三五五万円

原告は、大正一四年三月一日生まれの女子で、本件事故に遭うまでは健康で、家事一切を行う傍ら栃木市に家庭奉仕員(栃木市役所非常勤職員)として勤務し、病気療養中の夫土渕三男を扶養しつつ、一家の支柱として稼働していたところ、本件事故による受傷のため、本件事故当日から昭和五七年三月三一日まで右勤務先を欠勤し、また、家事にも従事することができず、昭和五五年一二月一日から昭和五七年三月三一日までの一年と四か月間は、右勤務先から給与及び賞与の支給を受けられなかつた。

したがつて、原告の休業損害は、昭和五五年一二月一日から昭和五六年一一月三〇日までの一年間については、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、旧中・新高卒、五五歳から五九歳の平均給与額である年額二六四万〇三〇〇円となり、昭和五六年一二月一日から昭和五七年三月三一日までの四か月間については、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、旧中・新高卒、五五歳から五九歳の平均給与額である年額二七二万九二〇〇円の四か月分に当たる九〇万九七〇〇円となるから、その合計額は三五五万円となる。

(五) 逸失利益 二三六九万二三〇〇円

栃木市役所においては、家庭奉仕員としての勤務は満六七歳位まで可能であり、原告の場合、本件事故前の健康状態からみて、その後家政婦として満七〇歳まで稼働可能であつた。

しかるに、原告は、前記後遺障害のため、昭和五七年四月一日をもつて栃木市役所職員の職を失つた。原告は、その従事していた家庭奉仕員の職がかなりの肉体労働であるうえ、左膝に重度の後遺障害があるため、今後家庭奉仕員として稼働することは不可能であり、原告の年齢、経歴、後遺障害の内容からみて、新たに職に就くことも極めて困難で、現に、一家の支柱でありながら、これまで職に就けず、無職、無収入の状況にある。

右の事情に鑑みると、原告の労働能力喪失率は、昭和六〇年三月三一日までは一〇〇パーセントとし、それ以後は六〇パーセントを下らないものとすべきである。

そして、原告は、前記のとおり、一家の支柱として栃木市役所に勤務する傍ら家事一切を行つてきたものであつて、その収入は専業主婦のそれを下るはずはないから、原告の逸失利益は、昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの一年間については、昭和五七年賃金センサスの前記平均給与額である年額二七二万九二〇〇円となり、昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までの一年間については、昭和五八年賃金センサスの前同様の平均給与額である年額二八二万三四〇〇円となり、昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日までの一年間については、右二八二万三四〇〇円を一・〇四四倍した二九四万七六〇〇円となり、昭和六〇年四月一日から昭和七一年三月三一日までの一一年間については、右二九四万七六〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率を六〇パーセントとして、年五分の割合による中間利息を控除すると、一五一九万二一〇〇円となるから、以上の逸失利益の合計額は二三六九万二三〇〇円となる。

(六) 慰藉料 九五〇万円

前記の原告の傷害の部位、程度、入院日数(二六二日)、通院の期間(一八か月、実通院日数一一三日)、後遺障害の部位、程度に加えて、入院が三回にわたつていること・、原告が一家の支柱であつたこと、心労から精神科に入院せざるを得ない程の強い精神的損害を受けたこと、被告らに誠意がみられないこと等、諸般の事情を考慮すると、原告の傷害に対する慰藉料は三〇〇万円、後遺障害に対する慰藉料は六五〇万円が相当である。

(七) 損害のてん補 七〇二万円

以上の損害を合計すると三七二六万七一五〇円となるところ、原告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から六七二万円、被告らから内払いとして三〇万円の各支払を受けたから、これを控除すると三〇二四万七一五〇円となる。

(八) 弁護士費用 三一〇万円

原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その弁護士費用として三一〇万円の損害を被つた。

5  よつて、原告は、被告君塚に対し、三三三四万七一五〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、原告の被告君塚に対する本判決の確定を条件として、三三三四万七一五〇円及びこれに対する右昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中、被告君塚が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であること、同(二)の事実中、被告会社が被告君塚との間で、原告ら主張のとおりの本件保険契約を締結していたことはいずれも認めるが、被告らの責任は争う。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は、(七)の損害のてん補のみ認め、その余はいずれも不知ないし争う。

5  同5の主張は争う。

三  抗弁

1  本件交差点は、直進道路である甲道路の方が、突き当たり道路である乙道路より明らかに幅員が広く、かつ、交通量の多い主要道路であり、甲道路の車両通行帯最外側線が交差点を貫通している等の点からみて、甲道路を直進する車両が優先すべき交差点である。

すなわち、甲道路の総幅員は五・一メートルであるのに対し、乙道路の幅員は本来二・七メートルであり、本件交差点付近で扇状に拡幅されている点はいわゆる角切りに類するものであるから、これをもつて乙道路の幅員と解するのは相当でないものである。

2  したがつて、乙道路から本件交差点を右折しようとした原告としては、単に徐行するにとどまらず、道路の左側に寄つたところで一時停止し、ミラーなどで右方を十分確認してから、交差点の側端に沿つて横断したのちに、右折直進すべきであつたにもかかわらず、原告は、右方の安全を確認することなく、徐行もしないで本件交差点を斜めに横断しようとしたため、本件事故を惹起したものである。

すなわち、原告が本件交差点角の電柱のところに行くまで右方の安全を確認しなかつたことは明らかであるが、金網があるとはいえ、右の電柱の手前からでも十分に右方の安全を確認することが可能であり、原告主張のように減速した状態であればなおさら容易に確認できたはずであるから、この点の原告の不注意は重大である。

また、原告は、原告が本件交差点に進入する直前で右方の安全を確認したときには、加害車両は甲道路の進行方向約五二メートル手前にある県道と甲道路の分岐点より近くには存せず、被害車両が僅か一・二メートルしか進行しない間に、加害車両が衝突した旨主張するが、右分岐点にいた加害車両が本件交差点に到達するには少なくとも五秒を要するから、右五秒の間に原告が加害車両の進行に全く気付かなかつたということは常識上到底考えられないことである。したがつて、原告が本件交差点に進入する直前で右方の安全を確認したとは考えられない。

このような点からみて、一旦停止に近い状態で右方から車両が来ないことを確認してからペダルを踏み出したという原告の供述も信用できないものであり、また、原告は、加害車両が急ブレーキをかけてから一一メートル進む間に、被害車両は一・二メートルしか進んでいないことを理由に徐行したというが、これは、原告が、加害車両の急ブレーキの音を聞いて、いわゆる立ち往生の状態になつたためであると考えられる。

3  一方、直進車である加害車両の運転者である被告君塚としては、T字路の突き当たり路から右折等をしてくる車両が、自車の通過を待つに違いなく、直進車の有無を確認することなく交差点に進入することはないものと期待するのは当然である。

4  したがつて、前記のような原告の過失を考えると、本件においては、八割の過失相殺がなされるべきである。

5  そして、本件事故による原告の損害に対しては、原告主張の既払金のほか、本訴請求にかかる損害以外の損害である治療費二九〇万九八〇〇円、職業付添看護費六二万六一〇〇円、義肢代等二万七二〇〇円が支払ずみであるから、これらを損害として計上のうえ、過失相殺の損害額から既払金として控除すべきである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁事実中、各道路の幅員及び原告の過失はすべて否認する。

2  以下のとおり、原告には、過失相殺をなすべき過失はない。

(一) 本件交差点は、交差点に向かつて甲道路の左側すなわち乙道路の右側が金網、電柱等のため、極めて見通しが悪く、また、両道路とも歩車道の区別がなく、本件交差点には、カーブミラーが一個設置されていたのみで、信号機、一時停止の標識等は一切設置されていなかつた。そして、甲道路の幅員は約三・五メートル、乙道路の幅員は約四・六メートルであり、ただ、乙道路の幅員は本件交差点より五メートル手前の地点では二・七メートルで、本件交差点に近づくに従つて末広がりになつているものである。

したがつて、甲道路から進行してきた本件交差点の手前から乙道路の幅員を見た場合、その幅員は四・六メートルと見えるから、本件交差点は、甲道路を進行する車両の運転者にとつて、自車線の幅員の方が明らかに広いと一見して見分けられる場合には当たらず、本件交差点は、甲道路を直進する車両の進行が優先する交差点ではなく、両道路のいずれを進行してきた車両にとつても徐行義務がある交差点である。

(二) 甲道路は、本件交差点の約五二メートル手前で県道から分岐しているが、右分岐点から本件交差点までは緩やかに右カーブしているうえ、右分岐点以遠の車両はその殆どが甲道路には進入せず県道を進行するため、乙道路から右方を見て、右分岐点以遠に車両を見かけても、それが甲道路に進入してくるものとは考えないのが普通であり、したがつて、乙道路から見て右方への注意は、右分岐点より手前の範囲に対してしか行い得ないものである。

(三) 右の道路状況のもとで、原告は、本件交差点に差しかかつたところでブレーキをかけて、停止に近い速度まで減速し、左右を確認していずれからも車両が進行してこないのを確認したうえ、最徐行しつつ右折しながら本件交差点内に進入したものである。しかしながら、原告が右方を確認したときには、加害車両は前記の分岐点より遠方にいたため、原告は加害車両を視認することができなかつたのであり、原告が左右の確認をしたうえで姿勢を元に戻してペダルを踏み、被害車両を操つて本件交差点に進入した直後には、その間の約三秒の間に、加害車両が既に交差点の直前約二〇メートルの地点まで進行してきており、この時には加害車両の速度では衝突を回避することはできなかつたのである。

(四) これに対し、被告君塚は、前記分岐点から甲道路に進入したが、乙道路から進入する人や車両はないものと軽信し、徐行しなかつたのはもとより減速さえせず、時速約三五キロメートルの速度で本件交差点を通過しようとし、衝突地点の約一一メートル手前で被害車両を発見して急制動の措置を採つたものの、間に合わずに加害車両左前部を被害車両に衝突させたものである。

(五) このように、原告には、本件事故の発生につき過失はなく、本件事故は専ら被告君塚の徐行義務不遵守の過失によつて発生したものであり、仮に、原告に何らかの過失があるとしても、過失相殺における公平の理念、歩行者、自転車等の弱者保護の観点、及び被害者救済の観点からみて、加害者の過失が著しく本件においては、過失相殺はなすべきではない。

3  抗弁5の既払の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

また、同2(責任)の(一)の事実中、被告君塚が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、同被告は、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

さらに、同2の(二)の事実中、被告会社が被告君塚との間で、原告ら主張のとおりの本件保険契約を締結していたことは当事者間に争いがない。そして、本件においては、被告君塚が無資力であることを認めるに足りる証拠はないものの、本件保険契約の約款中には、被害者から保険会社に対して直接請求をなしうる旨の定めがあることは、当裁判所に顕著であり、かつ、弁論の全趣旨によれば、原告の本件請求は、右直接請求権によつて請求する趣旨も含まれているものと解されるから、被告会社は、原告の被告君塚に対する本判決の確定を条件として、本件保険契約に基づき支払をなすべき責任があるものというべきである。

二  次に、請求原因3(原告の治療経過及び後遺障害)の事実は、当事者間に争いがない。

三  そこで、損害について判断する。

1  入院雑費 二六万二〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は、前示の二六二日間の入院中、一日当たり一〇〇〇円を下らない金額の雑費を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  近親者の付添費 一一万二〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、前示の入院期間中、三二日間娘あるいは夫等の近親者の付添を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、前示の原告の傷害の程度等の事情に照らすと、右近親者の付添費としては、一日当たり三五〇〇円が相当と認められるから、その合計額は一一万二〇〇〇円となる。

3  入通院交通費 一三万四八五〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記入通院のための交通費として、入退院タクシーを含め、合計一三万四八五〇円を支出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  休業損害 四二五万二二六四円

前示の当事者間に争いのない原告の治療経過及び後遺障害の事実に、成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、大正一四年三月一日生まれの女子であり、本件事故に遭うまでは健康で、家事一切を行う傍ら栃木市に家庭奉仕員(栃木市役所非常勤職員)として勤務し、病気療養中の夫土渕三男を扶養しつつ、一家の支柱として稼働していたところ、本件事故による受傷のため、本件事故当日から昭和五七年三月三一日まで右勤務先を欠勤し、昭和五五年一二月一日から昭和五七年三月三一日までの給与一六五万六〇〇〇円及び昭和五六年三月から昭和五七年三月までの報償金五〇万九四三六円の支給を受けることができなかつたこと、そして、原告は昭和五七年四月一日付で右勤務先から退職を余儀なくされ、以後職業に従事することができない状態にあること、また、原告は、昭和五八年一月一八日に症状固定の診断を受けたが、受傷から右症状固定日までの間、家事にも従事することができなかつたこと、が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告の休業損害は、栃木市家庭奉仕員としての給与等によるよりも、一般に家事労働の財産的評価に際して使用される女子の平均的給与額によつて算定するのが相当であるから、昭和五五年一二月一日から同月末日までは昭和五五年度の、昭和五六年一月一日から同年一二月末日までは昭和五六年度の、昭和五七年一月一日から同年一二月末日までは昭和五七年度の、昭和五八年一月一日から同月一八日までは昭和五八年度の各賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、女子労働者、全年齢平均給与額を基礎として、原告の休業損害を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、四二五万二二六四円(一円未満切捨)となる。

183万4800÷12+195万5600+203万9700+211万0200×18÷365=425万2264

5  逸失利益 一〇二三万九〇二二円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、栃木市役所における家庭奉仕員の定年は満六〇歳であるが、原告は、その後病院の付添婦や家政婦として稼働する予定であつたこと、しかるに、原告は、前記後遺障害のため、今後家庭奉仕員や家政婦として稼働しうる見込みはなく、現在家事は一応自分で行つているものの、現に、一家の支柱でありながら、これまで職に就けず、無職、無収入の状況にあることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実に、原告の後遺障害の程度(等級表第八級第七号)、年齢(症状固定当時満五七歳)、昭和五八年簡易生命表による満五七歳の女子の平均余命が二五・三二年であること等を総合すると、原告は、満五七歳から七〇歳まで一三年間稼働可能であつたところ、その後遺障害によつて労働能力を五〇パーセント喪失したものと認めるのが相当であるから、その間の当初一年間は昭和五八年度の、以後一二年間は昭和五九年度の各賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、女子労働者、全年齢平均給与額を基礎として、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一〇二三万九〇二二円(一円未満切捨)となる。

211万0200×0.5×0.9523+218万7900×0.5×8.4412=1023万9022

6  慰藉料 七八〇万円

前示の原告の傷害の部位、程度、入院日数、通院の期間、実通院日数、後遺障害の部位、程度に本件において認められる諸般の事情を総合すると、原告の傷害に対する慰藉料は二三〇万円、後遺障害に対する慰藉料は五五〇万円をもつて相当と認める。

7  以上の損害の合計額は、二二八〇万〇一三六円となる。

四  ここで、過失相殺の主張について判断する。

当事者間に争いのない請求原因1の事実に、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第七、第八号証、乙第一ないし第三号証、原本の存在と成立に争いのない甲第六号証、乙第四、第五号証、原告、被告君塚本人の尋問の結果を総合すれば、

1  甲道路は、本件交差点の約五〇メートル手前で県道栃木・鹿沼線から右側に分岐し、右県道に沿つて直進する道路で、幅員は外側線より外側を含めて約四・五メートル、外側線の内側が約三・五メートルであり、乙道路は、甲道路にほぼ直角に突き当たる道路で、幅員は、本件交差点の約五メートル手前までが約二・七メートルであるが、それより本件交差点に近づくに従つて末広がりになつており、本件交差点入口部分においては甲道路の幅員と同程度になつていること、両道路とも平坦な道路で、本件事故当時路面は乾燥しており、交通量はいずれも少なかつたこと、

2  本件交差点は、甲道路から向かつて左側、すなわち乙道路から向かつて右側の角付近に金網及び電柱があるため、互いに見通しが悪く、また、信号機による交通整理がなされておらず、一時停止の標識・標示もなく、乙道路の突き当たりの位置にカーブミラーが一個設置されていたこと、

3  原告は、出勤のため、被害車両(足踏式自転車)を運転して、乙道路を時速約八キロメートルで進行して本件交差点に接近し、本件交差点を右折すべく、交差点の四ないし五メートル手前からブレーキをかけて減速し、交差点の直前で左右の安全を確認したが、その際、まず、左側はバイクが一台通過していつただけで、ほかに車両がないことを確認し、次いで交差点右側角にある電柱から僅かに顔を出した位置付近で右側を確認したとき、県道と甲道路との分岐点辺りに車両が見えたが、甲道路へ進行してくるようには感じられず、他に進行してくる車両は見えなかつたので、視線を前方に戻して、交差点に徐行しながら右折しつつ進入した直後、急制動の音を聞き、原告もブレーキをかけたが、加害車両の左前部と被害車両の右前部が衝突したこと、原告は、衝突まで加害車両を見ていないこと、

4  被告君塚は、右県道を時速約五〇キロメートルで進行してきたのち、甲道路に入り、甲道路を時速約三五キロメートルで進行して本件交差点を直進しようとしたが、本件交差点の約一〇メートル手前で左前方の乙道路からの交差点入口付近に被害車両を発見し、急制動の措置を採つたものの、約一一メートル進行した位置付近で被害車両に衝突したこと、被告君塚は、本件事故当時、本件交差点は甲道路を進行する車両の進行が優先する道路であつて甲道路を直進する車両には徐行義務はないものと考えていたこと、

5  本件事故現場には、甲道路の本件交差点手前約五メートルの位置から交差点内にかけて、加害車両によつて印象された左前輪による約三・四五メートル、右前輪による約五・〇メートル、右後輪による約四・〇メートルの各スリツプ痕が残されていること、

6  原告、被告君塚の両名とも、平素本件交差点を頻繁に通行しており、道路状況については了知していたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の甲道路及び乙道路の幅員に照らすと、本件交差点は、甲道路から本件交差点を直進しようとする車両の運転者にとつて、自車線の幅員の方が明らかに広いと一見して見分けられる場合には当たらないものというべきであるから、本件交差点は、甲道路を直進する車両の進行が優先する交差点ではなく、また、右のとおり、本件交差点は、見通しの悪い交差点であるから、両道路のいずれを進行してきた車両にとつても徐行義務がある交差点であるものというべきである。

しかるに、被告君塚は、時速約三五キロメートルの速度のまま本件交差点を直進しようとしたもので、本件事故は同被告の徐行義務違反の過失によつて発生したことが明らかである。

一方、原告は、本件交差点の直前で、徐行のうえ左右を確認して本件交差点を右折進行したことは前示のとおりであるが、原告はT字路の突き当たり道路から右折進行するのであるから、右方から接近してくる車両の動静には特に注意しつつ進行すべきであつたところ、前示の被害車両の速度では、被害車両が交差点内に徐々に進入する間に右方からの車両が交差点に接近してくることは十分に予測しうることであるにもかかわらず、加害車両との衝突まで同車を発見しておらず、また、加害車両が本件交差点の手前約一〇メートル付近で急制動の措置を採るまで危険を認識していなかつたことは、前示のとおりであつて、もし、原告において、いま少し右方に対する注意を払つていれば、本件事故を回避することができたものと考えられるから、原告にも本件事故の発生につき過失があるものというべきである。

右被告君塚の過失と原告の過失を対比すると、原告には本件事故の発生につき二五パーセントの過失があるものと認めるのが相当である。

五  そして、原告が自賠責保険から六七二万円、被告らから内払いとして三〇万円の各支払を受けたことは、当事者間に争いがなく、また、右既払金のほか、前示損害以外に治療費二九〇万九八〇〇円、職業付添看護費六二万六一〇〇円、義肢代等二万七二〇〇円が損害として発生し、これが支払ずみであることも当事者間に争いがない。

したがつて、以上の損害合計額二六三六万三二三六円から二五パーセントを控除すると一九七七万二四二七円となり、これから既払金の合計額一〇五八万三一〇〇円を差し引くと、残額は九一八万九三二七円となる。

六  弁護士費用 一〇〇万

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その着手金を支払つたほか、報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本訴訴訟の難易、審理経過、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、一〇〇万円をもつて相当と認める。

七  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、被告君塚に対し、一〇一八万九三二七円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、原告の被告君塚に対する本判決の確定を条件として、一〇一八万九三二七円及びこれに対する右昭和五五年一一月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、なお、担保を条件とする仮執行免脱の宣言の申立については、相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

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